結論から書く。受付の言葉遣いで迷ったとき、答えを決めているのは敬語の種類ではなく、その一文で誰を立てるかである。来客を立てるのか、社内の担当者を立てるのか。これが決まれば語形は後から付いてくる。
ただし、この説明は受付に立った初日にはほとんど役に立たない。
来客が目の前にいて、電話の向こうに担当者がいて、その担当者は自分の上司でもある。立てる相手が一つの応対の中で二度入れ替わり、判断できる時間は数秒しかない。マナーの本が「正しい言い方」を列挙するのは、この数秒を暗記で埋めようとするからだ。暗記の前に、崩れる場所を知っておいたほうが早い。
受付の言葉遣いが難しいのは、立てる相手が途中で入れ替わるから
平成19年2月2日の文化審議会答申「敬語の指針」は、敬語を5種類に分けている。学校で習う3分類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)を、働きの違いに合わせて細かくし直したものである。
5種類のどこで受付が使うか
| 種類 | 型 | 働き |
|---|---|---|
| 尊敬語 | 「いらっしゃる・おっしゃる」型 | 相手側または第三者を立てる |
| 謙譲語Ⅰ | 「伺う・申し上げる」型 | 自分側の行為が向かう先を立てる |
| 謙譲語Ⅱ(丁重語) | 「参る・申す」型 | 自分側の行為を相手に丁重に述べる |
| 丁寧語 | 「です・ます」型 | 相手に丁寧に述べる |
| 美化語 | 「お酒・お料理」型 | ものごとを美化して述べる |
受付が一日に何十回も使うのは、尊敬語と謙譲語Ⅰである。来客の行動を尊敬語で受け、自分の行動を謙譲語Ⅰで返す。「お待ちいただけますか」は待つ相手を立て、「担当者にお伝えします」は伝える先を立てている。
社内の人を来客に伝えるとき、敬称が落ちる
問題はここからだ。答申は、取引先の社員に自社の上司を話す場面を設問として立てている。答えは、上司であっても「田中」と呼び、「部長の田中」のように職階を先に置く、というものだった。「田中部長」はウチ扱いの呼び方にならないため不適切とされている。名前に触れずに「弊社の部長」と言う形も示されている。
受付はこの切り替えを一日中やる。慣れるまでは、名前を言う直前に一度止まるほうがいい。
8割が引っかかる言い方は、受付の定番フレーズと重なっている
文化庁の「令和元年度 国語に関する世論調査」は、全国16歳以上の男女3,557人を対象に個別面接で実施され、1,994人が回答している(有効回答率56.1%、令和2年2月27日〜3月15日実施)。8つの言い方について「気になるか」を尋ねた設問がある。
調査結果の8項目
| 言い方 | 「気になる」 |
|---|---|
| 規則でそうなってございます | 81.5% |
| こちらで待たれてください | 81.3% |
| お歩きやすい靴を御用意ください | 78.0% |
| お客様が参られています | 77.4% |
| 昼食はもう頂かれましたか | 67.5% |
| 深く反省させていただきます | 49.0% |
| 就職はもうお決まりになったのですか | 40.5% |
| 先生は講義がお上手ですね | 32.4% |
上位4つのうち2つが、受付の持ち場でそのまま出てくる形をしている。「お客様が参られています」は取次の第一声、「こちらで待たれてください」は待合へ通すときの案内である。この2つを言った瞬間、聞いた人の8割弱が引っかかる計算になる。
崩れ方は2種類しかない
「参る」は謙譲語Ⅱ、自分側の行為を丁重に述べる語である。来客の行動に使えば、来客を下げる形になる。ここは尊敬語で「お客様がお見えです」とする。「待たれてください」のほうは、尊敬語の「……れる」に「ください」を重ねた形で、語の組み立て自体が成立していない。「お待ちください」で足りる。
つまり崩れ方は、敬語の種類を取り違えるか、形を重ねすぎるかの2つに集約する。単語を覚え直すより、この2種類を疑うほうが早い。
全部が同じ強さで嫌われているわけではない
同じ調査は年齢別の内訳も出している。「先生は講義がお上手ですね」「昼食はもう頂かれましたか」は、20代以下で「気になる」が他の年代より低い。一方で「規則でそうなってございます」「こちらで待たれてください」は全年代で7割以上、40代では8割台後半に達する。世代で許容度が動く言い方と、動かない言い方がある。真っ先に直すべきは後者だ。
型どおりに言えば済む場面と、済まない場面がある
マニュアルを配る職場は多い。答申はマニュアル敬語を否定していない。ただし条件を付けている。
答申が置いた条件
答申は、マニュアルが「場面ごとに過度に画一的な敬語使用を示す内容で作られ、実際の接客場面での言葉遣いに行き過ぎた制約になる」ことを避ける必要がある、と書いている。同時に、その職場に特有の場面に不慣れな人にとってマニュアルは有効な手引になる、とも書いている。
否定されているのはマニュアルそのものではなく、そこに書かれた表現だけで足りるという受け止め方である。渡された言い回しは覚える、ただし想定外の来客に黙らない余地は持っておく。
重ねすぎかどうかの見分け方
答申は「二重敬語」と「敬語連結」を分けている。一つの語に同じ種類の敬語を二重に使ったもの(「お読みになられる」)が二重敬語で、一般に適切ではないとされる。二つ以上の語をそれぞれ敬語にして「て」でつないだもの(「お読みになっていらっしゃる」)は敬語連結で、意味に不合理がなければ許容される。
ただし「お召し上がりになる」「お見えになる」「お伺いする」は、習慣として定着している二重敬語として答申が明示している。受付が使う「お見えになる」は、形の上では二重敬語だが直す対象ではない。
来客応対の動作は、持ち場を空けられない前提で組まれている
言葉遣いの次に来るのが動作だが、受付の動作を決めているのは美意識ではなく勤務の形である。
所定内160時間・残業7時間という働き方
厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査で、受付・案内事務員(フルタイム・企業規模計10人以上・男女計)の労働時間はこうなっている。
| 職種 | 所定内実労働時間 | 超過実労働時間 | 労働者数 |
|---|---|---|---|
| 受付・案内事務員 | 160時間 | 7時間 | 84,880人 |
| 電話応接事務員 | 154時間 | 8時間 | 179,540人 |
| 秘書 | 152時間 | 8時間 | 19,480人 |
| 総合事務員 | 155時間 | 10時間 | 1,195,030人 |
同じ事務系の中で、受付・案内事務員は所定内が最も長く、残業が最も短い。決められた時間は端まで使うが、そこから伸びない。窓口が開いている間は持ち場にいて、閉まれば終わる仕事だからこう出る。
この形が動作の制約になる。案内のために席を立てば、その間、受付は無人になる。受付のマナーが短い手順に収まっているのは、丁寧さを削ったからではなく、席を空ける時間を削っているからだ。
取次は3手で終える
来客が名乗ってから担当者に渡すまでは、確認・連絡・案内の3手で組む。会社名と氏名、約束の有無、訪問先の氏名を聞き取る。内線でつなぐ。来た旨を伝え、待合へ通すか、下りてくるのを待つ。
詰まるのは、たいてい最初の聞き取りである。社名が曖昧なまま次へ進むと、内線の先でもう一度確認することになり、来客を二度待たせる。聞き返しは二度手間を防ぐ動作だ。
名刺は受け取る場面が中心になる
受付が名刺を出す機会は少ない。多いのは、約束のない来客が差し出す場面である。このとき名刺は、取り次ぐかどうかの判断材料であり、来館の記録でもある。担当者に渡すのか、預かって後で回すのか、その場で返すのかは職場ごとに決まっている。基準が自分にない場合は、受け取ったうえで確認に回す。裁量で断ると、後から通すべき相手だったと分かっても戻せない。業務全体の組み立ては企業受付・総合受付の仕事内容で整理した。
求人票と面接で、その職場の基準をどう確かめるか
マナーの厳しさは会社によって違う。応募の段階で分かる手がかりがいくつかある。
求人票で見る3点
一つ目は制服の有無で、貸与する職場は身だしなみの規定を文書で持っていることが多い。二つ目は常駐か直接雇用かで、他社のビルに常駐する場合、守るべき規定は雇用主と常駐先の両方から来る。三つ目は受付以外の業務の比率で、来客が少ない職場ほど事務の比重が上がり、応対の型より処理の速さが評価される。
3点とも「誰の目に何回入るか」を測っている。見られる回数が多いほど、言葉と外見の基準は細かくなる。分かれ目は受付・コールセンターのネイル・髪型の基準にまとめた。
面接で見られている部分
未経験の応募者に完成された敬語を求める職場は多くない。前掲の賃金統計で受付・案内事務員の平均勤続年数は8.6年、平均年齢は42.0歳である。長く続ける人が多い職場では、入り口で完成度を測るより、直せるかどうかを見るほうが合理的になる。効くのは、言い間違えたときに止まらずに言い直せるかどうかだ。職場タイプごとの違いは企業受付・総合受付の求人で条件から見比べられる。
よくある質問
受付の言葉遣いで最初に直すべきものは何ですか
「お客様が参られています」「こちらで待たれてください」の型です。令和元年度の国語に関する世論調査で、それぞれ77.4%、81.3%が「気になる」と回答しました。前者は謙譲語Ⅱを来客に使った誤り、後者は尊敬語に「ください」を重ねた崩れです。「お見えです」「お待ちください」で両方が解けます。
社内の上司を来客に伝えるとき、役職を付けてはいけないのですか
文化審議会答申「敬語の指針」は、取引先に自社の上司を話すとき「田中部長」はウチ扱いの呼び方にならないため不適切としています。「部長の田中」のように職階を先に置くか、「弊社の部長」と名前に触れない形が示されています。
敬語は地域によって基準が違いますか
答申は地域差を明示しています。東京圏では「行かれる」より「いらっしゃる」のほうが敬語の程度が高く一般的だという例が挙げられ、同じ敬語でも使用状況や意識に地域差があると書かれています。勤務地が変わったら、周囲の言い方を観察してから合わせるのが現実的です。
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出典
- 文化審議会答申「敬語の指針」(平成19年2月2日・文化庁) https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/keigo_tosin.pdf
- 文化庁「令和元年度 国語に関する世論調査」(対象3,557人・有効回答1,994人・56.1%) https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/92531901_01.pdf
- 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」職種(小分類)別・企業規模計10人以上 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/index.html
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