銀行の電話窓口では、用件を聞く前に必ず本人確認が入る。口座番号、生年月日、登録の住所。急いでいる相手にとっては手間でしかないこの数十秒を、オペレーターは飛ばせない。
理由は接客上の作法ではなく、法律にある。犯罪収益移転防止法は、金融機関が一定の取引を行う際に「取引時確認」を義務づけている。確認できなければ、その先の手続きに進めない。
銀行のコールセンターの仕事は、この関門を通したうえで、預金・振込・ローンの照会に答えることに集約される。コールセンターという職種の成り立ちはコールセンターの仕事内容で分解しているが、銀行の場合は、答えてよいことと答えてはいけないことの境界が、他の業種よりはるかに細かく引かれている。
銀行への問い合わせは、いまも9割超が電話で来る
アプリで残高を見られる時代に、電話の窓口が要るのか。全国銀行協会(全銀協)の統計を見ると、その疑問には数字で答えが出ている。
受付方法の内訳
全銀協は、銀行取引に関する相談・苦情を受け付ける「全国銀行協会相談室」を運営している。2025年度(2025年4月〜2026年3月)の受付は15,119件で、内訳は相談11,040件・苦情4,079件だった。
| 受付方法 | 相談 | 苦情 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 電話 | 10,713件 | 3,253件 | 13,966件 |
| ホームページ | 311件 | 770件 | 1,081件 |
| 文書 | 15件 | 56件 | 71件 |
| その他 | 1件 | 0件 | 1件 |
電話が13,966件で全体の92.4%を占める。相談だけを取り出すと97.0%が電話である。
これは業界団体の窓口であって銀行各行のコールセンターではないが、銀行の用件は文字にしづらいという性質をよく表している。口座の状態、手続きの可否、自分のケースが該当するかどうか。フォームに書き出すより、聞いたほうが早い種類の問いが多い。
用件の分布
同じ統計を業務分類別に見ると、次のようになる。
| 業務分類 | 相談・苦情合計 | 構成比 |
|---|---|---|
| 預金業務 | 3,910件 | 25.9% |
| 加入銀行(所在地・電話番号等) | 1,912件 | 12.6% |
| 貸出業務 | 1,594件 | 10.5% |
| チャネル業務(ネットバンキング・ATM等) | 1,483件 | 9.8% |
| 銀行協会 | 1,097件 | 7.3% |
| その他 | 1,066件 | 7.1% |
| 金融犯罪関連 | 923件 | 6.1% |
| 内国為替業務(振込・送金) | 822件 | 5.4% |
| 金融関連業法等 | 763件 | 5.0% |
| その他の銀行業務 | 695件 | 4.6% |
預金・貸出・振込・ネットバンキングで半分を超える。銀行のコールセンターで覚えることの中心も、おおむねこの並びに沿う。
用件を聞く前に本人確認を通す理由
本人確認は、銀行が慎重なのではなく、法律で確認事項が指定されている。
確認するのは4つの事項
警察庁がまとめた犯罪収益移転防止法の概要によれば、通常の特定取引に際して金融機関が確認するのは次の4つである。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 本人特定事項 | 自然人は氏名・住居・生年月日、法人は名称と本店所在地 |
| 取引を行う目的 | 何のための取引か |
| 職業または事業の内容 | 自然人は職業、法人は事業内容 |
| 実質的支配者 | 法人の場合のみ |
金融機関の対象取引には預貯金契約の締結や200万円を超える大口現金取引が含まれる。口座を開くとき、電話口で職業まで聞かれるのはこの規定による。「なぜそんなことまで」と言われる項目のほとんどは、銀行の裁量ではなく条文の側にある。
200万円を超えると確認が増える
マネー・ローンダリングに用いられるおそれが特に高い取引は「ハイリスク取引」として区別される。この場合、通常の確認事項に加えて、200万円を超える財産の移転を伴うなら「資産及び収入の状況」まで確認する。本人特定事項と実質的支配者の確認方法も、通常より厳格な方法が求められる。
同法の概要は、敷居値以下でも一回当たりの取引金額を減らすために取引を分割していることが一見して明らかなものは一の取引とみなす、とも書いている。金額を分けて手続きしたいという申し出に、窓口があっさり応じられない理由がここにある。
家族からの電話が止まる場所
銀行の電話窓口でオペレーターが最も説明に苦労するのは、本人以外からの照会である。
犯罪収益移転防止法の概要は、取引の任に当たっている自然人が顧客本人と異なる場合、その代表者等についても本人特定事項の確認を行うとしたうえで、前提として「代表者等が委任状を有していること、電話により代表者等が顧客等のために取引の任に当たっていることが確認できること」といった事由が必要だとしている。
つまり、本人の家族というだけでは足りない。加えて、確認記録は7年間の保存が義務づけられている。電話の内容が残るのは応対品質の管理のためだけではない。
苦情が最も多いのは、口座を動かす場面
用件の分布で首位だった預金業務を、苦情に絞って開くと、内訳がかなり偏る。
預金業務の苦情1,651件の内訳
2025年度の預金業務に関する苦情は1,651件で、前年度の1,378件から273件、19.8%増えた。
| 主な内容 | 件数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 口座解約・払戻し | 757件 | 45.9% |
| 口座開設 | 259件 | 15.7% |
| 相続 | 233件 | 14.1% |
| 預金全般 | 140件 | 8.5% |
| 異動・諸届・移管 | 71件 | 4.3% |
| 各種預金商品 | 61件 | 3.7% |
| 紛失・盗難 | 21件 | 1.3% |
| 睡眠預金 | 13件 | 0.8% |
口座解約・払戻しが全体の半分近い。全銀協の報告書は、この区分に寄せられた声の例として、振込による資金のやり取りが不審だと銀行に判断されて口座を凍結され、早く解除してほしいという相談・苦情を挙げている。
マネー・ローンダリング対策を強めれば、疑わしい動きを止める件数は増える。止められた側は電話をかけてくる。規制の強化が、そのまま電話窓口の負荷になるという構造が、この45.9%の中にある。
相続の233件が意味するもの
相続に関する苦情は233件。報告書は、遺言書があるのに戸籍謄本等の提出を求められたことへの不満を例に挙げている。
相続の手続きは、必要書類が多く、相続人の間で意見が割れることもある。電話口のオペレーターに求められるのは、書類の一覧を読み上げることではなく、なぜその書類が要るのかを説明することになる。ここは店頭の窓口とも共通する領域で、銀行の受付・ロビー案内・窓口の仕事内容でも同じ手続きを扱っている。
振込の照会は「もう戻せない」から始まる
内国為替業務に関する苦情は197件と、預金業務に比べれば少ない。ただし、そのうち182件(92.4%)が「振込・送金」に集中している。
誤振込と組戻し
全銀協の業務分類表は、振込・送金の区分に含まれる内容として「仕組み、手続、本人確認、マネー・ローンダリングの趣旨等、誤振込、組戻し」を挙げ、別区分に「手数料(振込、組戻し等)」を置いている。
誤振込の電話は、相手が振込先を間違えたと気づいた直後にかかってくる。銀行が一方的に資金を引き戻せる仕組みではなく、組戻しの依頼を出して受取人の同意を待つ手順になる。加えて、その手続きにも手数料がかかる。
オペレーターがこの場面で伝えるのは、良い知らせではない。それでも、何ができて何ができないかを最初に正確に言うほうが、結果として通話は短く済む。分類表に「本人確認、マネー・ローンダリングの趣旨等」が振込の項目にも並んでいる点も見ておきたい。振込は口座開設と同じく、確認の対象になりうる取引である。
ローンの照会は金利の説明に集まる
貸出業務に関する苦情は610件だった。内訳を見ると、銀行のコールセンターで扱う照会の質がもう一段はっきりする。
住宅ローンと事業資金で6割
| 主な内容 | 件数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 住宅ローン | 224件 | 36.7% |
| 事業資金 | 178件 | 29.2% |
| 消費者ローン | 109件 | 17.9% |
| 貸出全般 | 52件 | 8.5% |
| アパートローン | 35件 | 5.7% |
| その他 | 12件 | 2.0% |
全銀協の報告書は、住宅ローンについて、契約前に説明を受けていた金利より高い金利で契約させられたという苦情を、事業資金については、金利上昇を背景に既契約の固定金利の引き上げと変動金利への変更を要請されたことへの不満を、それぞれ例示している。
金利が動く局面では、契約時の説明と現在の条件の差が問い合わせになる。ローンの照会が難しいのは計算ではなく、いつ・誰が・何を説明したかの再現である。
与信の情報には上乗せの規律がある
ローンの照会には、個人情報の扱いの面でも別の縛りがかかる。個人情報保護委員会と金融庁の「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」(令和6年3月改正)は、与信事業に際して個人情報を取得する場合には利用目的について本人の同意を得ることとし、契約書等における利用目的を他の契約条項と明確に分離して記載するよう定めている。個人信用情報機関に提供する場合は、その旨を利用目的に明示しなければならない。
電話で答えられる範囲が狭く感じられるのは、この上乗せがあるためである。審査の結果や理由を電話口で説明できないのも、担当者の判断ではない。
同じ金融でも、線の引き方は業態で変わる。保険のコールセンターの仕事内容では、電話口で何を話すかによって募集人資格の要否そのものが分かれる。銀行は席の権限より確認手続きの側で線を引いている。
金融犯罪の窓口は、件数より緊急度で効く
金融犯罪関連の相談・苦情は923件で、全体の6.1%にとどまる。ただし苦情に限ると292件で、前年度から51件、21.2%増えている。
不正送金とフィッシング
全銀協の業務分類表では、この区分に「インターネットバンキング不正送金、フィッシングメールによる被害等」「偽造・盗難キャッシュカード、デビットカードの不正利用等」「振り込め詐欺等の特殊詐欺」が含まれる。
報告書が挙げる苦情の例は2つある。インターネットバンキングで不正送金の被害に遭い補償を求めたが応じてもらえないという内容と、金融犯罪に遭った場合の連絡先に電話しているがなかなか繋がらないという内容である。
後者は、コールセンターの側から見ると別の意味を持つ。被害の電話は、件数が少なくても最優先で取らなければならない。1件あたりの重さが他の用件と釣り合わない窓口が、同じフロアの中に併存している。
給料と働き方、そして求人票で確かめる4点
業種で切り分けた賃金統計は存在しない。使えるのは職種全体の数字だけである。
職種全体の実額
厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査では、コールセンターのオペレーターは「電話応接事務員」として集計される。フルタイムの年収換算は約394万円(きまって支給する現金給与額295,200円×12ヶ月+年間賞与393,700円)、短時間労働者の時給は1,363円である。銀行の窓口だけを取り出した数字ではないため、金融系が高いか低いかをこの統計から言うことはできない。内訳はコールセンターの年収・給料で分解している。
業界の最優先課題は情報セキュリティ
働き方の面では、業界側の統計が参考になる。日本コンタクトセンター協会(CCAJ)の2025年度コンタクトセンター企業実態調査(対象109社・回答68社)では、経営課題の優先度が最も高い項目は「情報漏洩・サイバー攻撃等、情報セキュリティの強化」で65社が挙げた。「DXを通じた効率化・生産性向上」の64社を上回っている。
同調査では、生成AIをセンター運営の実務で運用している企業が33社(48.5%)あり、PoCや社内検証を含めると55社が何らかの形で活用していた。活用方法の最多は「応対内容の要約」で74.5%、次いで「メール文章の作成」63.6%、「FAQの自動生成」61.8%だった。要約と回答支援が先行しているという並びは、判断そのものは人が持ち続けることを示している。
求人票で確かめる4点
- 受信か発信か。銀行のコールセンターは受信が中心だが、返済相談や商品案内の発信枠もある
- 扱う業務の範囲。預金・振込までか、ローンや相続まで含むかで覚える量が変わる
- 本人確認の手順が研修に含まれているか。法定の確認事項を扱う以上、ここが最初の関門になる
- 金融犯罪の一次受けを担当するか。緊急度の高い電話が混ざる枠かどうかは、負荷の質を左右する
このうち2番目と4番目の組み合わせが、日々の重さをほぼ決める。預金と振込の照会に限定された枠なら、覚えるのは手続きの流れとシステム操作である。相続やローンまで含む枠は、説明の再現性が求められる。未経験からの入り方はコールセンター未経験デビューにまとめた。
条件で絞り込むなら、受信中心の枠はカスタマーサポート(受信)の求人から雇用形態や勤務時間で確認できる。
よくある質問
銀行のコールセンターは未経験でも働けますか
金融の資格を入社時点で求める求人ばかりではない。ただし犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認は、確認事項が法令で決まっており、手順を外せない。研修の中心は商品知識より、確認と記録の手続きになる。
銀行のコールセンターはきついですか
全銀協相談室の2025年度統計では、預金業務の苦情1,651件のうち45.9%が口座解約・払戻しに関するものだった。マネー・ローンダリング対策で口座が止まった側からの連絡が含まれる区分である。負荷の中心は、自分の裁量では動かせない事柄を説明し続ける場面にある。
家族の口座について電話で聞けますか
犯罪収益移転防止法の概要は、本人以外が取引の任に当たる場合、委任状を有していることや、電話で本人のために取引の任に当たっていることが確認できることなどを前提としたうえで、その者の本人特定事項も確認するとしている。家族であることだけを理由に照会に答える運用にはなっていない。
ローンの審査結果を電話で教えてもらえますか
金融分野における個人情報保護に関するガイドラインは、与信事業で取得する個人情報について、利用目的の同意や個人信用情報機関への提供の明示を求めている。審査に関わる情報は上乗せの規律の対象で、電話口で扱える範囲は狭い。
銀行のコールセンターは在宅勤務できますか
CCAJの2025年度調査で、経営課題の優先度が最も高い項目は「情報漏洩・サイバー攻撃等、情報セキュリティの強化」(65社)だった。口座情報を扱う案件は在宅化の条件が厳しい側にある。在宅を優先するなら、業種を金融に限定しないほうが選択肢は広がる。
次に読む
出典
- 警察庁刑事局組織犯罪対策部「犯罪収益移転防止法の概要」(2025年12月2日時点・JAFIC) https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/hougaiyou20251202.pdf
- 一般社団法人全国銀行協会「全国銀行協会相談室・あっせん委員会の運営状況(2025年度)」2026年5月(相談・苦情15,119件・集計日2026年4月7日) https://www.zenginkyo.or.jp/adr/conditions/year/
- 個人情報保護委員会・金融庁「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」令和6年3月改正 https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/kinyubunya_GL/
- 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」職種(小分類)別/短時間労働者 職種別1時間当たり所定内給与額(企業規模計10人以上) https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/index.html
- 一般社団法人日本コンタクトセンター協会「2025年度 コンタクトセンター企業 実態調査」(対象109社・回答68社・回収率62.4%) https://ccaj.or.jp/telemarketing/doc/outsourcing_research_2025.pdf
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